Restart 〜一枚絵で書いてみm@ster参加エントリ〜

一枚絵で書いてみm@ster


一枚絵で書いてみm@ster第二回の参加エントリです。
他の参加エントリもぜひリンクから飛んでご覧いただければ幸いです。


とあるニコマス作品に繋がるお話として書かせていただきました。
自分の中で生まれた勝手な想像によるものですので、該当作品にはご迷惑のかからないようお願いいたします。


Restart


冬の空気は嫌いじゃないわ。
雪が降ったあとならなおのこと。
街のホコリっぽい空気を洗い流してくれるから。
ついでにこのモヤモヤした気持ちも洗い流してくれればいいのに。


「伊織〜!せっかくだからゆっくり歩こうよ〜」
雪に包まれた静寂の世界から、馴染みのある声で一気に現実に引き戻された。
春香の声は普段でも大きい。
それは悪いことじゃないけれど、もうちょっと雰囲気に浸らせてほしかった。




十数年振りの記録的大雪。
犬は喜び猫は丸くなってればいいけれど、人間様はそうもいかない。
765プロ一番の遠距離通勤である春香は、当然のごとくダイヤの乱れで帰る手段がなく。
事務所に泊まるという春香を見かねて家に泊まってもらったのが昨日のことだった。


「伊織、大丈夫?元気ないよ?」


春香が顔をのぞき込む。
自分でもいい表情とは言い難いことはわかってる。
でもどうしようもないじゃない。
だから、黙って歩く。


「きっと大丈夫。雪歩ならちゃんとわかってくれるって」


春香が相手ならそうかもね。
でも私は春香じゃないの。
そんな弱音を吐きたくないから、黙って歩く。


春香に悪気がないのはわかっている。
昨日春香を家に呼んだのは私だし。
客間を用意したのに「お泊り会でガールズトークしないなんて!」と言われて押し切られたのは私。
その時つい雪歩のことを話してしまったのも私。
だから春香が心配してくれてることに、私が苛立つのは間違ってる。


でもね。私は春香じゃないの。




やよいとのデュオで過ごした一年間。
トップアイドルに手が届かなかったのは、自分の責任。わかってる。
だからこそ、もう一度もらえたチャンスを、失いたくない。
やよいと私のデュオに、新たに雪歩を加えての再出発。
今度こそ失敗はできない。


「春香、あなたならどうするの?」
「え?雪歩のこと?」
「ええ。私と違うやり方があるなら聞いてみようかなって」


このユニットのリーダーは私。そうプロデューサーも言っていた。
やよいも雪歩も引っ張っていくタイプではないからそれは自然な役割だと思う。
だから私は二人に自分の考えをなるべく話すようにして、みんなで一緒にトップアイドルを目指そうとした。
なのに、やよいと二人だった時よりも上手くいかない。


「私もとにかく一生懸命話をするよ!朝も昼も夜も毎日ずっと。わかってもらえるまで!」
「春香、あんた実はちょっぴりストーカー気質なんじゃない?」


一枚絵で書いてみm@ster


なにやら凄く納得がいかなそうだけど、わざわざ思い切って聞いてみたのにこの答えなんだもの。
少しぐらいはやり返したって許されるわよね。


春香はひとしきり愚痴をこぼしてから、ふと後ろに回り込んで、


「えいっ!」


私を後ろから抱きしめてきた。


「ちょ、ちょっと!なによいきなり!」
「伊織がうさちゃんだっこしてるのってどんな気持ちかなーって」


恥ずかしくて思わず周りを見渡したけど、そこには雪だるまがいるだけだった。
思ったより自分の体が冷えていたことに気づく。
たまには人の体温も、心地いい。


「温かいね」
「うそ。春香の方が温かいわよ」
「ううん、お互いに温かいんだよ?」


春香が手を離す。
なにがうれしいのか、満面の笑みを浮かべて。


「私は、どちらかというと雪歩の立場だったから」
「え?」
「憧れてね、追いかけてた側。だから伊織じゃなくて、雪歩の気持ちだったらわかるかな」


春香は何でもないような振りをして、でも言葉を一つ一つ注意深く選ぶように、話を繋ぐ。


「雪歩はね、やよいと伊織に憧れてるの。明るくて、可愛くて、元気をくれるって。だから、二人とユニットが組めるの凄く喜んでた」
「じゃあなんで、雪歩は無理だ無理だって言うのよ!」
「うーん、ここからは想像なんだけど」


一呼吸おいて、春香が真っ直ぐにこっちを向く。
それは女の子同士の他愛のない会話じゃなくて、譲れない夢を持つアイドルとしての顔。


「雪歩はね、一生懸命二人に追いつこうとしてる最中なの。だから、自分がセンターの理由が、わからないんだと思う」
「……なによそれ」


それはあまりにも意外すぎる答え。
同じユニットなんだから、当たり前じゃない。
サポートなんかじゃない。バックダンサーでもない。
これから一緒にやってく仲間なのに。
頭の中が沸騰しそう。


「うーん、伊織からするとわからないかな」
「全っ然わかんないわよ!同じユニットの中で何遠慮してんのよ!」
「遠慮じゃないんだけど……。うーん」


春香が困った、といった顔でこっちを見てる。
理屈ではそれは一つの考え方だ、と認める意識はどこかにあるのだけれど。
心が納得出来ない。


「私たちはそれぞれ違うから意味があるんじゃない!あの曲を一番表現できるのは雪歩よ!」


ダメ、言葉が止まらない。


「私たちなんのために頑張ってるのよ!そんなことでベストを尽くさないなんて認めないわ!絶対認めない!」


言葉で吐き出さないと、涙になってしまいそうだったから。
泣いちゃダメ。私が折れたらダメ。絶対にダメ!




雪の音が聞こえる。静寂の音。
落ち着くまでどのくらいそうしていたのかわからない。
春香はその間、じっと待ってくれた。


「雪だるま」
「……?」
「そこの雪だるま、昨日私と雪歩が作ったの」


少し離れたところでこちらを見ている雪だるま。
作った二人に似たのか、優しい表情の雪だるま。


「だからね。もし来てくれたら、目印にティアラを載せといてってお願いしたんだ」
「……来てくれたら?」
「うん」


雪歩〜出てきなよ〜!
春香の声に、雪だるまの後ろに見える人影。
ちょっと、なんなのよ。
そんなの聞いてないわよ。


「春香〜〜〜っ!!」


顔から火が出そう。
恥ずかしくて、まともに雪歩の顔が見れない。


「いや、あのね?二人とも自分が悪いって独りで頑張りすぎちゃってるように見えたから」
「だからってもうちょっとマトモなやり方があるでしょうが!」
「うーん、ちょっと上手く行き過ぎちゃったかな?あはは……」


春香は困ったように後ろに下がる。
本人もどうしていいのかわからないのはわかるけど。


「あ、寒いでしょ?私肉まん買ってくる!」
「ちょっと!待ちなさい!」


春香を追いかけようとして、慌てて振り返った。


「雪歩!あの曲は私とやよいが一生懸命選んだんだからね!覚悟を決めなさい!」


それだけ言って、春香の後を追う。
ああもう、事務所にどんな顔して入ればいいのかわからないじゃない。




私は春香じゃない。
トップアイドルでもなければ誰かに元気をあげることも出来ないかもしれない。
でも、それでもいいのかもね。
気づけば雪は止んで、冬の日差しが街を照らしていた。


THE iDOLM@STER 「エレクトロ・ワールド」 by 雪歩・伊織・やよい H.264‐ニコニコ動画(9)THE iDOLM@STER 「エレクトロ・ワールド」 by 雪歩・伊織・やよい H.264‐ニコニコ動画(9)