@ClubNight's 〜あなたのアイドルは、どこにいますか?〜(第1話)

12月4日開催の@ClubNight'sに向けて、先行クローズドレビューで受けた印象を元に。
このイベントがアイドルマスターの世界においてどんな出来事だったのだろう?という自分なりの解釈をSSで。
先行レビューの皆様が既に書かれている内容に重なるところも多々ありますが、どうかご容赦のほどを。
完全オリジナルのインスピレーションが次々湧くような人間でもないもので^^;



それはいつもの風景から

「千早ちゃ〜ん!どどどどうしよ〜!」


携帯から聞こえるその声に驚きもせず、軽くため息をつく。


「春香、いきなりそれじゃわからないわ。まずは落ち着いて?」


あわただしく聞こえてくる受話器の声に耳を傾けるその姿は、晩秋の景色とともに一幅の絵画のようだった。


「公園にいるのね?すぐに行くから待ってて。一旦切るわよ?」


電話を切って公園に向かう。
どうして私はこうなんだろう、などと呟きながら急ぎ足で歩く。
千早の吐く息が白く、大きくなり始めた頃、通りの向かいに公園が見えてきた。




「千早ちゃ〜ん!」
今にも泣き出しそうだったリボンの少女が、千早を見つけるや抱きつきそうな勢いで走りよってくる。


「あわてるとまた転ぶわよ、春香。」
「だ、大丈夫!もう転ばない!転ばないよ!」
「…ということは転んだのね?」
「あうう…」


奥の方を見ると公園の隅に壊れたギターが置いてある。
その横には所在なげな後ろ姿の男の人がいた。


「…聞くまでもない気がするけど、一応なにが起きたか教えてくれる?」
「う、うん、多分千早ちゃんの想像してるとおりです…」


公園で歌の練習をしていたら、気のいいお兄さんがギターで伴奏してくれたのだという。
勢いでダンスも踊り始めたところコートに足がひっかかり、転倒した先にはお兄さんが待っていた、という顛末らしい。
幸いどちらもケガはなかったが、ギターは見事に壊れていた。


気づけばそのお兄さんがこちらに歩いてきていた。
困ったような、それでいてなにか楽しいかのような笑顔を浮かべる青年。


「ギターはしゃ〜ない。ものはいつか壊れるもんや。その代わりにな、一つお願い事を聞いてほしいんや。」


春香はさらに身を縮めて困っていた。
千早は春香の前に出て青年と向かい合う。


「この度は本当に申し訳ありません。で、お願い事というのは?」
「たいしたことちゃうよ。ちょっとあるとこで、歌ってほしいんや。」


「…歌う?」




広い世界へ

765プロの休憩室に戻ってきた二人は、一息つきながら青年の「お願い」について話し合っていた。


「自分の演ってるジャズバーで、一度でいいから歌ってくれへん?」


そういって彼はバーの地図とCDを手渡し、連絡を待ってるといって帰っていったのだ。
そのバーは有名と言うほどではないにしても、あとから雑誌やネットでイベントの記事を簡単に見つけられたし、青年の名前や活動も同じことだった。
怪しい話ではなさそうだが、突拍子もない話であることは間違いない。
なにせ青年は春香の名前すら知らなかったのだから。


「いくらジャンルが違うと言っても、アイドルとしては残念〜」
そういって突っ伏す春香はこの話に結構乗り気らしい。
最初はただただ歌ってくれと言われて動転していたが、自分の歌を気に入ってくれたのだとわかれば確かに悪い気はしないだろう。


千早としては素直にプロデューサーに相談するのがいいと思う。
思うのだが、そのまま話すとこの機会を逃しそうだ、というのを少し残念に思っていた。
ジャズバーというスタイルには戸惑うところもあるが、なにより未知のジャンルに挑戦できるという魅力が名残惜しい。
全く期待せずに聴いた彼のCDは、やってみたい、と思わせる魅力が確かにあったのだ。
これまでの「アイドル」の世界から、更に殻を破って大きな世界へ飛び出していけそうな。
理屈ではなく、感覚でそう感じたのである。


ただプロデューサー以外の人と、それもこんなハプニングから歌の仕事をするということになんとなく後ろめたさのようなものもある。
プロデューサーにこの話を前向きに話すには、もう一つ、背中を押す何かがほしかった。


「春香、あなたはどう思ってるの?」
「え〜っと、悪いことしちゃったのに歌う機会をくれるなんていい人だなって」
「私が聞いたのは、この話を受けるのか断るのかって話なんだけど」
「そんなのプロデューサーさんに聞かないとわからないよ〜」


正論である。
OKをもらえそうかどうか、で悩まないあたりは春香のむしろ良いところなのかもしれない。


「そうね、プロデューサー次第よね…」


やるべきことは決まっている。
いくら弁償は要らないと行ってくれたとはいえはいそうですかという訳にはいかないだろう。
仕事の話にまで発展しそうなのだから、はやくプロデューサーに伝えるのが一番だ。
わかってはいるが、中々動き出す気にもなれず。
千早は紅茶を飲む以上のことができずにいた。


「ただいま〜!ぷろでゅーさーがどうしたの?」
「おやつ食べるんなら先に手ぐらい洗いなさい?」
「もう食べちゃったの。律子もどう?」
「だからさんをつけなさいって何回言わせるの!」
「律子…さんはよく根気が続くねってミキ思うな」


動かなかったのは、意識せずにこれを待っていたのかもしれない。
一歩前へ、踏み出せそうな気がした。