夢の果て 〜一枚絵で書いてみm@ster参加エントリ〜

一枚絵で書いてみm@ster


一枚絵で書いてみm@ster第四回の参加エントリです。
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夢の果て


大人の人たちはいうんです。
「幽霊に名前を教えちゃならない。向こうに連れてかれるぞ」って。




あの人に最初に会ったのは、一人で外に出てしまった弟を見つけたときでした。
ご先祖様の船が眠っている、村はずれの「時の港」。
いつかまた海の向こうへ出かけることを神様が許してくれたとき、ご先祖様が使っていた船が綺麗な姿を取り戻す。
そうずっと言い伝えられてきたあの場所に、淡い光と共に現れたんです。


とても綺麗な人でした。
でも、とても悲しそうでした。
怖くって、弟の手を引いて逃げ出しました。
村の長老に伝えたら、「それは幽霊だ。会いに行ってはならん」と言われました。


でも、悪い幽霊には見えなかったんです。
すごく、悲しそうだったけど。


それからときどき、風に乗って歌が聞こえてくるようになりました。
村の大人達は「幽霊の歌を聴いてはいけない」といって、家の中に入って窓を閉じ、扉に鍵をかけました。
それがなんだか悪いことをしてるみたいで、ずっと気になってました。


ある日外にお使いに行った帰りに、また幽霊の歌が聞こえてきたんです。
帰らなきゃ、と思ったんですけど。
やっぱり心配になっちゃって。
こっそり、「時の港」に行ってみました。


あの人は、歌っていました。
それは知らない土地の歌みたいで。
とっても綺麗な歌でした。


一枚絵で書いてみm@ster


「えっと、ここここんにちは!」


なんで挨拶したのか、自分でもよくわかりません。
気がついたらあの人の前に立っていました。


「こんにちは」


少し驚いたような顔をしてから、にっこり笑ってお返事してくれました。
海風にたなびく青くて長い髪。
私より少し年上に見えるお姉さん。


「歌、すごく綺麗です!」
「あ、ありがとう……」


何を話せばいいのか、わかりません。
お姉さんも、困ってるみたいです。
思い切って聞いてみました。


「お姉さんは、幽霊なんですか?」
「え?」
「村の人に聞いたら、幽霊だって言ってました。だからお話しちゃいけないのかなって」
「そう……。幽霊といえば幽霊なのかもしれないわ。自分でもよくわからないの」
「あの、悪いことしないですよね?」
「ええ。なにもしないわ。安心して」
「よかった!じゃあ少しお話してもいいですか?」


お姉さんのことを、いっぱい聞きました。
歌うのがお仕事で、とても高い建物に囲まれて暮らしてること。
私によく似たお友達がいること。いろんなことを教えてくれました。


「気がついたらここにいたの。多分、あの人を探しに」


でもここにはいないみたい、と言ってお姉さんはまた寂しそうな顔をしました。


「悲しい顔しちゃだめです。楽しいことが逃げちゃいます!」


お姉さんは、やさしく頷いてくれました。
でも、やっぱり寂しそうでした。


「村の長老が昔教えてくれました。海の向こうには雲より高い山や、一年中お花が咲いてる国があるって」


お姉さんは、黙って聞いてくれてます。
だから一生懸命に、お話を続けました。


「その中には、世界中の人が集まる町もあるって言ってました。だからきっとお姉さんが捜してる人もいるかもしれません!あきらめちゃダメです!」




「……そうね。ありがとう。捜してみるわ」
「はい!よかったです!」


お姉さんは少しだけ元気になったように見えました。


「お話できて良かった。私はチハヤというのだけれど。あなたのお名前を教えてくれる?」
「わ、私は、私は……」


お姉さんは悪い幽霊じゃないです。
でも、名前を教えていいのかわかりません。
どうしよう。どうしよう。


「……ごめんなさい。なにかわけがあるのね」
「あ、あのっ!」
「ううん、いいの。そうだ、じゃあ私から名前を贈ってもいいかしら」


これはね、私がいた国の歌なの。
あなたに贈りたい名前が入ってる、あなたみたいにとても優しい歌なのよ。
そう言ってお姉さんは、新しい歌を歌ってくれました。


♪ さくら さくら ヤヨイの空は 見渡す限り ……


それはとても綺麗な歌で。
とても温かな歌でした。
私もすぐに覚えて、一緒に歌いました。
歌声が、柔らかなお日様のいる空に吸い込まれていくんです。
なんだか心までポカポカしてくるみたいでした。




「そろそろ、行かなきゃ」


お姉さんが淡い光に包まれていきます。


「また、会えますよね?」


なんだか寂しくって、そう聞いてしまいました。


「ごめんなさい。わからないわ。でも、きっと歌声は届くと思うの。そうでしょう?」


そういって、お姉さんは笑ってくれました。



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「……やよ…い?」
「あ、すまん。起こしちゃったか」


車の窓越しに薄暗いコンクリートの壁が見える。
駐車場の中のようだ。もう戻ってきていたらしい。
どこかで電灯が切れかかっているのだろうか。
明滅する弱い光の中に、人影がぼんやりと浮かんでいた。


「左ハンドルはどうにも運転しづらいな。千早も新しい環境で頑張ってるんだから、俺も早く慣れないと」
「プロデューサー…プロデューサーっ!」


右腕にしがみついた。
その胸にすがりついた。
離したくない。一時たりとも。


「怖い夢でも見たのか?」
そういってプロデューサーは、どこまでも優しく髪を撫でてくれる。
私はこの温もりを、他の人から奪い取ってきた。
プロデューサーにも多くの可能性を失わせて。
なんてずるいんだろう。


どこにも行かないですよね?置いてかないですよね…
小声でつぶやいた。顔を観ることが出来ない。


「ああ、ここにいるよ」
その言葉を、信じていいんですよね。
怖いのは夢じゃなくて。
貴方の優しさに溺れること。その優しさを失うこと。




例えこれが愚かな選択であったとしても。
私はもう、振り返ることは出来ない。
だから、果てまで。
一緒に。